呼び方

Tさんの娘さんから「前から聞きたいと思っていたの。どうしてみなさん母のことをTさん、Tさんと呼ぶんでしょうか」と。彼女いわく「ここの家にきてほかにお年よりはいないのだからいちいち苗字を呼ばなくてもいいのではないだろうか。母も日に何回もTさんTさんと呼ばれて、自分の家じゃない場所にいるような気持ちになるかもしれない。ましてや、人によっては母の名前(Mさん)で呼びかける人もいて、孫より若い年齢の人に名前で呼ばれるなんてかわいそう。元気な頃でも母に名前で呼びかけるのはほんの数人のごく親しい人だけでした」
あああーー。わたしは少し驚きながら、「そういったお気持ちだったことに気がつかずに大変申し訳ありませんでした」と前置きした上で彼女に説明しました。固有名詞で呼びかけることが大前提であるとの共通認識があること、それは(たぶん)もともと看護や介護が職業として成り立っていったのが病院や施設という集団の場であり、そこでは(たぶん)いけないとはわかっていても対象となる人をその属性でおおざっぱにとらえてしまいがちであること、たとえば「患者さん」だったり「おじいちゃん、おばあちゃん」だったり。なので、こういった仕事をする上でまず最初に「相手をきちんと個でとらえないさい」「その人だけの人生を歩んできた一人の人としてきちんと対面しなさい」と叩き込まれ、だから今Tさんのお宅に伺っているスタッフたちはみんなTさんに対してもそういう呼びかけをすること、逆に「おばあちゃん」という呼びかけは「してはいけないこと」とされていることなど。
けれど、やはり娘さんのおっしゃることもとてもよくわかる。これまで「目上の人を名前で呼ぶのは失礼だなぁ」とは思っていたけど「苗字で呼ぶことも、ご家族にとってはこういう気持ちになることがあるんだなぁ」と、勉強になりました。この仕事して今年で9年目だけど、まだまだ学ぶべきことは多いのだ。
結局、Tさん宅では、今後ご本人に対しては「奥さん」と呼びかけることに。娘さんの強いご希望により。